OBJECTIVE.
立教大学総長 西原 廉太
私が大切にしている絵本の一つに、『てぶくろ』と題されたものがあります。日本では1965年に福音館書店から出版された、ウクライナの民話をもとにしたお話です。半世紀以上にもわたって日本でも愛され、読み継がれている絵本ですので、みなさんも幼い頃に読み聴かせてもらった記憶があるかもしれません。この絵本を作ったエウゲーニー・M・ラチョフはキエフ美術大学のデザイン学部で学びました。
物語はこうです。おじいさんと子犬が森を歩いていました。おじいさんは片方の手袋を落としてしまいます。すると、ねずみがその手袋にもぐり込み、そこで暮らすことにします。そこに、かえるがやってきて、「わたしも入れて」と願います。ねずみは「どうぞ」とかえるを招きいれ、その後、うさぎやきつね、いのしし、おおかみ、最後にはくままで入り込み、小さな手袋がはじけそうになりながらも、みなが少しずつ場所を空けて、譲り合い、温かさの中で過ごします。
ウクライナは、歴史的にさまざまな民族や国家の狭間の中で翻弄されてきました。『てぶくろ』という絵本は、誰しもが排除されることなく、居場所が与えられながら、共に生きるというウクライナの人々が理想とする社会が描かれていたのではないかと思います。
今、ウクライナの地では、その理想とは真逆の事態が進行しています。ウクライナの子どもたちの、恐怖の中での涙や叫びが響きます。大切な<いのち>が奪われています。
立教大学では、昨年春に、「立教大学ヒューマン・ディグニティ宣言」を公表し、立教大学を構成するすべての学生・教員・職員が協働して取り組むことを、本学における最重要の課題としました。その中では、こう述べています。
「『尊厳』を英語ではdignityと言いますが、その語源はラテン語のdignitasであり、本来の意味は『その存在に価値があること』です。すべての<いのちあるもの>の存在には価値があり、それは決して損なわれてはならない。これこそが、立教大学が創立以来、規範としてきたキリスト教の中心的教理にほかなりません」
戦争や武力の行使というのは、人間の究極の尊厳を蹂躙する最大の暴力です。私たちは、ただちにあらゆる戦闘行為が中止され、一日も早くウクライナの人々の安全と、平和な社会が回復されること祈り、願い、求めます。