OBJECTIVE.
立教大学理学部の養老瑛美子助教、鈴木誠也氏(修士課程学生)、秋吉信宏助教、榊原恵子教授、金沢大学生命理工学系の小藤累美子助教らによる研究グループは、同じ個体の同一頂端にオスとメス両方の生殖器官を発生するヒメツリガネゴケにおいて、メスの発生運命を決定する転写因子PpRKDを同定しました。
研究の概要
植物には、同一個体にオスとメスの両方の生殖器官をつくる種が大多数存在します。それらの種は、生殖器官をつくる際に、オスとメスのどちらの生殖器官をつくるのかを制御しています。陸上植物が最初に進化させたオスとメスの生殖器官は、造精器と造卵器です。しかし、これらの発生運命がどのような因子によって制御され、オスとメスがつくり分けられているのかはいまだよく分かっていませんでした。コケ植物のヒメツリガネゴケは、茎葉体と呼ばれる茎葉構造の頂端に、先にオスの生殖器官(造精器)が発生し、後からメスの生殖器官(造卵器)が発生します。本研究グループは、ゲノム編集と相同組換えによる機能欠失変異株および誘導的発現株を作製し、発生初期の生殖器官の頂端細胞を共焦点顕微鏡で観察することで、メスの発生を運命づける転写因子PpRKDの同定に成功しました。PpRKD遺伝子が働かないと、メスの生殖器官がつくられず、オスの生殖器官でPpRKD遺伝子を働かせるとオスの生殖器官がメスへと性転換することが分かりました。本研究成果は、英国の国際雑誌「New Phytologist」2024年11月22日付(日本時間11月22日18時00分)にオンライン版が掲載されました。
研究の背景
植物の中で、花が咲く被子植物は胞子体※注1世代に性をもつ花器官をつけ、その花器官内部で発生するメスの配偶体※注1には卵が、オスの配偶体には精子がつくられます。この被子植物の中の多くの種は、オスとメスの両方の性をもつ両性花をつくり、花器官内部でオスとメスの生殖器官をつくり分けます。一方、花が咲く被子植物の出現より約2億年以上前に既に陸上に進出していた植物であるコケ植物は、配偶体※注1世代にオスとメスの生殖器官をつくり、その生殖器官内部で精子と卵をそれぞれつくります。
コケ植物のうち、タイ類のゼニゴケでオスとメスの性をつくり分ける仕組みの解明が進んでいました。しかし、ゼニゴケは雌雄異株で、オス株にはオスの、メス株にはメスの生殖器官が発生するため、生殖器官発生以前にオスまたはメスの発生運命が決まっていることになります。一方、セン類のヒメツリガネゴケは、雌雄同株で、同一個体の配偶体世代の茎葉体とよばれる茎葉構造の同一頂端に、オスとメスの両方の生殖器官をつくります。ヒメツリガネゴケの茎葉体を生殖器官誘導条件に移すと、茎葉体の頂端に、まずオスの造精器が発生し始め、7-8個の造精器から成る造精器束がつくられた頃に、その外側に一枚以上の葉を挟んで今度はメスの造卵器が発生し始めます。これは、ヒメツリガネゴケの茎頂の頂端幹細胞が、先にオス、次いでメスへと運命を転換し、生殖器官をつくり分けていることを示しています。
今回、本研究グループは、生殖器官それ自身のオスとメスをどのようにつくり分けているか、その制御機構を解明するため、ヒメツリガネゴケを用いて研究し、オスの造精器の後に発生する、メスの生殖器官の発生運命を決定する転写因子PpRKDを同定しました。
コケ植物のうち、タイ類のゼニゴケでオスとメスの性をつくり分ける仕組みの解明が進んでいました。しかし、ゼニゴケは雌雄異株で、オス株にはオスの、メス株にはメスの生殖器官が発生するため、生殖器官発生以前にオスまたはメスの発生運命が決まっていることになります。一方、セン類のヒメツリガネゴケは、雌雄同株で、同一個体の配偶体世代の茎葉体とよばれる茎葉構造の同一頂端に、オスとメスの両方の生殖器官をつくります。ヒメツリガネゴケの茎葉体を生殖器官誘導条件に移すと、茎葉体の頂端に、まずオスの造精器が発生し始め、7-8個の造精器から成る造精器束がつくられた頃に、その外側に一枚以上の葉を挟んで今度はメスの造卵器が発生し始めます。これは、ヒメツリガネゴケの茎頂の頂端幹細胞が、先にオス、次いでメスへと運命を転換し、生殖器官をつくり分けていることを示しています。
今回、本研究グループは、生殖器官それ自身のオスとメスをどのようにつくり分けているか、その制御機構を解明するため、ヒメツリガネゴケを用いて研究し、オスの造精器の後に発生する、メスの生殖器官の発生運命を決定する転写因子PpRKDを同定しました。
研究内容と成果
1.PpRKD機能欠失変異株(Pprkd株)はメスの造卵器を発生しない
はじめに、ゲノム編集と相同組換えを用いて、それぞれPpRKD遺伝子座を改変し、機能欠失変異株(Pprkd株)を作製しました。Pprkd株は、オスの生殖器官は発生するものの、メスの生殖器官が全く発生しませんでした(図1)。PpRKD遺伝子は、DNA結合ドメインとしてRWP-RKドメインを有する、植物に特異的な転写因子をコードしていました。次に、Pprkd株に発生するオスの生殖器官(造精器)について、内部の精原細胞の分化状態に従って発生ステージを分け、発生ステージごとの造精器数を定量しましたが、野生株とPprkd株で顕著な差は観察されませんでした。また、卵が正常である株と、Pprkd株の精子を交配させる交配実験からも、Pprkd株の精子は、野生株と同様に受精能をもつことが分かりました。さらに、PpRKD遺伝子はメスの生殖器官である造卵器において特異的に発現していることも調べました。これらの結果は、PpRKDは、生殖器官発生において、メスの発生運命を担う因子であり、オスの生殖器官および精子の分化には関与しないことを示しています。
2.PpRKDの発現誘導により、メスの造卵器発生が促進され、オスの造精器発生が抑制される
PpRKDの機能をより詳しく調べるため、エストロゲン添加依存的にPpRKDを発現する誘導的発現株を作製しました。このPpRKD誘導的発現株を用い、生殖器官誘導後にエストロゲンを添加し、茎頂に発生した生殖器官の種類ごとにカテゴリー分けを行い、生殖器官の数も定量しました。PpRKDを発現誘導すると、野生株やPpRKD発現誘導なしの条件ではほとんど見られない、造精器の発生が抑制されたオスとメスの区別がつかない生殖器官原基のみのもの(図2①)、内部の精子分化が停滞した異常な造精器を発生したもの(図2③)、本来造精器が発生するはずの場所にメス様の造卵器様器官※注2のみが発生したもの(図2④)、精子分化が停滞した異常な造精器とメス様の造卵器様器官を発生したもの(図2⑥)が多く観察されました(図2)。加えて、野生株およびPpRKD発現誘導なしの条件に比べて、PpRKD発現誘導ありの条件では、造精器数は減少し、精子分化が停滞した異常な造精器および造卵器様器官の数が増加していました。これらの結果は、PpRKDの発現により、オスの発生が抑制され、メス様器官の発生が促進されたことを示しています。
3.PpRKDの発現誘導により、生殖器官の頂端細胞がメス型の分裂パターンを示す
さらに、2. で観察されたPpRKDの発現誘導によって促進されるメスの造卵器様器官の発生初期の細胞分裂パターンを、共焦点顕微鏡を用いて観察しました。ヒメツリガネゴケやその近縁種において、オスの造精器とメスの造卵器は、発生初期の頂端細胞の分裂パターンの違いによって、オスとメスは明確に区別することができることが分かっていました(図3上)。オスは二面切り出し※注3タイプの分裂を繰り返す一方で、メスは三面切り出し※注3タイプの分裂をすることで、後で卵へ分化する細胞系譜の細胞を生み出します。PpRKD誘導的発現株において、PpRKDを発現誘導すると、本来オスの造精器が発生するはずの生殖器官の頂端幹細胞が、典型的なメス型の三面切り出しタイプの分裂パターンに変化しており、発生運命がメスへと転換していることが分かりました(図3下)。この結果は、PpRKDを発現させるだけで、生殖器官の発生運命をメスへと転換可能であることを示しています。
今後の展開
本研究で同定したヒメツリガネゴケのメス化因子PpRKDのゼニゴケのオルソログ※注4(MpRKD)は、オス株とメス株両方において、性分化よりも後の発生段階である精子と卵の分化に働くことが、既に別の研究グループによって明らかにされていました。本研究から、ヒメツリガネゴケのメス化因子PpRKDは、オスの生殖器官発生や精子の分化には機能しないことが明らかになり、オルソログ関係にあるRKD転写因子が、ヒメツリガネゴケとゼニゴケとで異なる機能を果たすことが明らかになりました。また、本研究で同定したヒメツリガネゴケのメス化因子PpRKDは、ゼニゴケのメス化因子とは遺伝子の種類が異なっていました。コケ植物間で生殖器官自体の構造は似ているものの、その性をつくり分ける分子機構は互いに異なることが明らかになりました。
ヒメツリガネゴケのメス化因子PpRKDが属するRWP-RK転写因子のうち、陸上植物に最も近縁な藻類(ストレプト藻類)のヒメミカヅキモや、緑藻類のアオサにおいて性分化に機能する遺伝子が最近見つかってきています。これらの知見と私たちの本研究の成果は、RWP-RK転写因子が性を制御する機能を独立に獲得した可能性を示唆します。今後、さらなるRWP-RK転写因子の機能を解明することや、他の植物種におけるRWP-RK転写因子の機能を調べることで、植物の有性生殖システムの進化的な変遷を理解するための手がかりが得られる可能性が期待されます。
ヒメツリガネゴケのメス化因子PpRKDが属するRWP-RK転写因子のうち、陸上植物に最も近縁な藻類(ストレプト藻類)のヒメミカヅキモや、緑藻類のアオサにおいて性分化に機能する遺伝子が最近見つかってきています。これらの知見と私たちの本研究の成果は、RWP-RK転写因子が性を制御する機能を独立に獲得した可能性を示唆します。今後、さらなるRWP-RK転写因子の機能を解明することや、他の植物種におけるRWP-RK転写因子の機能を調べることで、植物の有性生殖システムの進化的な変遷を理解するための手がかりが得られる可能性が期待されます。
用語解説
- 注1)胞子体と配偶体:主に植物などで、ゲノムが2セットの世代が胞子体世代、ゲノムが1セットの世代が配偶体世代。
- 注2)造卵器様器官:本研究では、正常な野生株の発生初期にもみられる頸部と腹部の区別のない造卵器を造卵器様器官と定義した。野生型では発生後期には頸部と腹部が明確に区別できる造卵器が発生する。
- 注3)二面切り出しと三面切り出し:細胞分裂に伴って切り出される分裂面の数が二つの場合が二面切り出し、三つの場合が三面切り出し。造卵器の頂端細胞は3つの細胞と面していることが分かる(図3)。
- 注4)オルソログ:異なる生物種間で、共通祖先において同じ遺伝子で、種分化によって生じた遺伝子の関係性のこと。
研究資金
本研究の成果は、日本学術振興会科学研究費助成事業の若手研究(課題番号:20K15821・22K15146, 研究代表者:養老瑛美子)、学術変革領域(A) 挑戦的両性花原理(課題番号:22H05177, 研究代表者:榊原恵子)、および国際先導研究(課題番号:22K21352, 研究分担者:榊原恵子)の支援を受けました。
掲載論文
- 題名:The transcription factor PpRKD evokes female developmental fate in the sexual reproductive organs of Physcomitrium patens
- 著者名:Emiko Yoro, Seiya Suzuki, Nobuhiro Akiyoshi, Rumiko Kofuji, Keiko Sakakibara
- 掲載誌:New Phytologist
- 掲載日:2024年11月22日
- DOI:10.1111/nph.20262
- 論文掲載URL:https://nph.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/nph.20262
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2024/10/04 (FRI)