OBJECTIVE.
宇宙の多くの恒星は「連星」として生まれ、互いの重力や物質の影響を受けながら進化します。その中でも「はくちょう座X-3」は、大質量星の一種であるウォルフ・ライエ星とブラックホール候補天体からなる特異な連星系です。この連星系では、ウォルフ・ライエ星が放出する膨大なガスがブラックホール候補天体に吸い寄せられる際、強烈なX線が放射され、光電離プラズマが形成されます。
立教大学理学部物理学科の北本俊二特別専任教授、山田真也准教授、澤田真理助教、林佑助教らは、X線分光撮像衛星XRISM(クリズム)はこの連星系を観測し、ウォルフ・ライエ星から吹き出すガス(星風)や、ブラックホール候補天体に落ち込むガスの、詳細な動きを捉えることに成功しました。この連星は将来的にブラックホール同士の連星系となり、重力波を放つ天体になると予想されています。XRISMのデータ解析により、この天体の進化過程の理解がさらに進むことが期待されます。
研究の背景
「はくちょう座 X-3」は、そんな連星の中でも極めてエキゾチックな天体です。夏の夜空を彩る「はくちょう座」の方向、約3万光年の距離にあり、可視光では見えません。代わりに、赤外線やX線で観測されます。連星の一方は、ウォルフ・ライエ星と呼ばれる種族の大質量星で、1年間に地球数個分の質量に相当するガスを放出し続けています。そしてもう一方は、太陽の数倍の質量を持つ、小さめのブラックホール候補天体(ブラックホールもしくは中性子星)です。こちらも、元々は大質量の恒星として生まれ、超新星爆発によって今の姿になったものと考えられます。
「はくちょう座 X-3」のウォルフ・ライエ星とブラックホールは非常に近接しており、公転周期はたったの5時間弱しかありません。つまり、ウォルフ・ライエ星から放出される大量のガスの中を、ブラックホール候補天体が激しく飛び回っているような状況です(図1)。ガスの一部はブラックホール候補天体の重力に吸い寄せられ、強烈なX線を放ちます。1秒あたりに放射されるX線のエネルギーは、太陽が放射するエネルギーの数日〜10日分に相当します。このX線に激しく照らされることで、周囲のガスは電離します。これを「光電離プラズマ」と呼びます(図2)。
図1:はくちょう座X-3の想像図。
図2:はくちょう座X-3における光電離プラズマの形成(クレジット:JAXA)
XRISMの観測成果
図3:XRISM搭載軟X線分光装置Resolveによる「はくちょう座X-3」のスペクトル(下)。鉄イオンによるシグナルが卓越する6-8キロ電子ボルトのエネルギー帯を表示。比較のため、NASAのChandra衛星搭載X線分光器HETGによる同天体のスペクトルも示す(上)。50ミリケルビンの極低温まで冷却することにより実現したResolveの圧倒的な分光性能によって、従来は検出できなかった様々な鉄イオンの吸収線や輝線が分離された。(クレジット:JAXA)
図4:天体の公転運動に伴うスペクトルの変化。右側に、XRISM(図の下部)から見たウォルフ・ライエ星とブラックホール候補天体の位置関係を示す。
XRISM Collaboration (2024): The Astrophysical Journal Lettersに掲載予定
研究チームメンバー
Timothy Kallman (NASA/GSFC)
小高裕和(大阪大学)
袴田知宏(大阪大学)
三浦大貴(東京大学・ISAS/JAXA)
山口弘悦(ISAS/JAXA):文責
北本俊二、山田真也、澤田真理、林佑(立教大学)
ほかXRISM Collaborationメンバー