模型、写真、文学……
創作の種が芽吹いた立教時代
現代美術家 杉本 博司さん
2017/11/08
立教卒業生のWork & Life
OVERVIEW
国内外で活躍する現代美術家、杉本博司さん。写真、アート、神社の建築、浄瑠璃の演出……と、変幻自在な表現、作品で世界中のアートファンを驚かせ、魅了し続けている。「最初の記憶の場所」で語る、人としての礎を築いた立教での青春時代、世界へ飛び出して見た日本、そして「集大成」。
杉本博司「海景」Sea of Japan, Oki 1987 ゼラチン・シルバー・プリント (C)Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
——中学で立教の門をくぐりました。
担任だった伊藤俊太郎先生からは強い感銘を受けました。「ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』を読みなさい」と言われてね、先生の影響で文学少年になりました。高校は新座にあったので、通学の東武東上線の中でトルストイとかドストエフスキーとか、ずいぶん読んだものです。
課外活動では鉄道模型クラブに所属。いまでいう「鉄ちゃん」だったんです。模型を作るためには本物をよく観察しなきゃいけない。その資料として、父から譲り受けたカメラで写真を撮るようになりました。新しい特急が登場したとき、東京駅で新聞記者に混じって線路に降り、くす玉が割れた瞬間を撮影したことも。自分で言うのもなんだけど、構図はバッチリ(笑)。いまじゃ絶対できないことですよね。
——高校、大学時代は?
江之浦測候所「夏至光遥100mギャラリー」の先端部からは水平線を展望できる (c)小田原文化財団
大学では、ゼミの担当教員で、日本経済思想史の研究者である逆井孝仁教授の影響でカントやヘーゲル、フォイエルバッハといった西欧の思想書や哲学書を読みあさりました。先生の講義は、何が問題なのかから始まり、いろいろなところに話が飛びながら最後は当初の問題提起にちゃんと戻ってくる。僕の話し方は、そんな逆井先生の論理の展開をモデルにしているんです。恩師の存在は、僕という人間を形成する礎の一つになっていると思います。
——学業以外の思い出は?
大学にいた60年代後半は、社会が大きく変わった転換点だった。若者たちはビートルズを聴き、髪を伸ばし、ジーンズをはいて、大人の作った社会の体制に物申す! と熱に浮かされていた。僕自身、そういう世の中の空気に強く影響を受けたし、面白い時代を生きているという実感があった。
だから、普通のサラリーマンにはなれないな、と。親の会社を継ぐ気にもなれず、とにかく日本を出たいと思い、アメリカへ渡りました。
——カリフォルニアのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインに入学されました。
アートセンター・カレッジ・オブ・デザインで写真を学んでいた頃
卒業が近づき、いよいよ働かなきゃならない。写真で食べていくならコマーシャル写真しかないだろうと、仕事を求めてニューヨークへ向かいました。そこで初めて現代アートの世界に触れた。驚きました。ダン・フレイヴィンの蛍光灯がただついているだけとか、ドナルド・ジャッドの箱が置いてあるだけとか、「え、これでいいの?」と(笑)。
現代アートの世界では、社会的に見たらちょっと変わった人が力を発揮してリスペクトされている。実はそのころ、自分の感性がちょっとおかしいんじゃないかと思っていたんです。モノの見方や見え方がうがっていて、周りと違う。この病んだ精神性を具現化するには、マルクス経済学的に言うと現代アートしかない! と(笑)。僕みたいな人間でもこの世界なら生きていける、ここが僕の生きる場所だ——。そう確信したのです。
自分にできるのは写真だから、写真の技術を使って現代アートに参画しよう、と。そのころ写真を使った作品というとボケボケなものばかり。クオリティーを求められていないようでなんだか悔しかった。写真家としてのクオリティーも抜群で、かつ、度肝を抜くようなコンセプトのものを……。たどり着いた答えが「ジオラマ」でした。なんてったって往年の模型少年だから(笑)。ジオラマを作り、それをジオラマに見えないぐらいに精巧に撮影してみよう。そして生まれたのが「ジオラマ」シリーズでした。
——どのようにしてアーティストとして認められていったのですか?
江之浦測候所「夏至光遥100mギャラリー」の開館記念展は代表作の「海景」シリーズ (c)小田原文化財団
ニューヨークの現代アートの最高峰と言えば、ニューヨーク近代美術館(MoMA)。プロに作品を見てもらえるポートフォリオ・レビューという仕組みがあると知って、持ち込んだところ、1週間後、「写真界の神様」と称されるジョン・シャーコフスキーが会いたいと言っている、と。びっくりしました。そして、MoMAで作品を買い取ってもらって。金額は安かったけれど、MoMAが紹介状を書いてくれて、いろいろな奨学金にアプライ(志願)できたのが大きかった。3、4年は奨学金の「賞金稼ぎ」として暮らしていました(笑)。ただ、それで食えるほど甘くない。そこで収入を得るために、日本の古美術品や民芸品を扱う古美術商を始めました。
——その後は「劇場」シリーズ、「海景」シリーズといった写真作品に加え、伝統芸能である文楽をヨーロッパで上演したり、かと思えば神社をアート作品として再建したり。その作品、活動は多岐にわたります。変幻自在な表現の軸にあるものは?
いずれも江之浦測候所 (左)冬至の日の出軸線に合わせて作られた「冬至光遥拝隧道」 (右)「小松石 石組み」 いずれも(c)小田原文化財団
例えば、メトロポリタン美術館など名だたる美術館で個展をすると、有名建築家が作った空間が使いにくいことが分かるんです(笑)。僕だったらこんなことはしない、あるいはこうする、という建築のノウハウが蓄積していった。それに、展示空間を作っていく中で図面も書かなきゃいけないのですが、実はニューヨークで食えない時代にアーティスト仲間と大工集団みたいなこともやっていて、その時期に図面の引き方は学んでいたのです。
古美術商をしていたころには、日本の美術を学び、古典文学も山ほど読みました。歴史を知っているから、浄瑠璃や歌舞伎が照明がこうこうと明るい会場で上演されていることに違和感を覚えて。「これが古典」と言うけれど、近松門左衛門が書いた江戸時代はこんな風ではなかっただろう? 美意識そのものが根本的に違うんじゃないか? そんな疑問が僕なりの解釈の浄瑠璃の演出をすることにつながっていったのです。
——まさにこれまでの多彩な活動の集大成として、「小田原文化財団 江之浦測候所」が2017年10月にオープンしました。
僕はこれまでアートで食ってきた。それをまたアートに還元したい。そう考えました。オープンはしましたが、ここはこれから先ずっと作り続けていく場所。僕一人ではなく、国内外のアーティストやパフォーマーと一緒に何か作ることができれば。いずれはホテルやレストラン、カフェも併設し、アートツーリズムの場になればと。レストランやカフェのメニューも僕が考えますよ(笑)。
——小田原の地を選んだのは?
江之浦測候所「冬至光遥拝隧道」に沿うように設計された「光学硝子舞台」 (c)小田原文化財団
それが僕の人生最初の記憶。土地を探し始め、この地に立ったとき「ここだ!」と。運命的なものを感じました。ここで人生が始まり、ここで死んでいく。それも悪くないなと(笑)。東京と京都・大阪の間で、豊かな自然が残っているのはここしかない。それもまた、小田原のこの地を選んだ理由です。
——現役大学生にメッセージをお願いします。
最近は若い人も内向きで、あまり海外に出たがらないと聞きます。でも、若いうちに外の世界を見て、体験するといい。日本人は、日本から自立しないといけないと思います。そのためにも、居心地のいい親元から、そして日本から、ちょっと離れてみてはどうかな?
公益財団法人 小田原文化財団 江之浦測候所
入館料 3,000円(税別)
見学時間 4月〜10月 1日3回/10時・13時・16時(約2時間・定員制)、11月〜3月 1日2回/10時・13時(約2時間・定員制)
※完全予約・入替制。中学生未満入場不可。
住所 神奈川県小田原市江之浦362-1 ※最寄駅は、JR東海道本線 根府川駅または真鶴駅。根府川駅より送迎バス有。
TEL 0465-42-9170(代)
※本記事は季刊「立教」242号(2017年11月発行)に掲載した杉本博司氏のインタビューのロングバージョンです。定期購読のお申し込みはこちら
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プロフィール
PROFILE
杉本 博司 さん(Hiroshi Sugimoto)
1963年、立教中学校卒業。1966年、立教高等学校卒業。1970年、立教大学経済学部経営学科卒業。1970年、アメリカ・ロサンゼルスのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインに入学、写真を学ぶ。1974年、卒業後にニューヨークへ移住。1975年、写真スタジオを構える。2008年、建築設計事務所「新素材研究所」設立。2009年、公益財団法人小田原文化財団設立。活動分野は、写真、彫刻、インスタレーション、演劇、建築、造園、執筆、料理、と多岐にわたる。
紫綬褒章(2010年)、フランス芸術文化勲章オフィシエ賞(2013年)、文化功労者(2017年)、その他多数受賞。
※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合がありますのでご注意ください。
※写真は(c)小田原文化財団
HIROSHI SUGIMOTO オフィシャルサイト