ストレスと免疫力にはどんな関係がありますか?

理学部生命理学科分子生物学系 後藤 聡 教授

2018/04/20

研究活動と教授陣

OVERVIEW

ハエやカエルなどを対象にした理学部の基礎的な生命科学研究と、人を丸ごと対象として心理を扱う心理学を組み合わせてストレスと免疫の関係に迫る、理学部の後藤聡教授にお話を伺いました。

後藤 聡 教授

ストレスと免疫の関係には、研究者としてだけでなく個人的にも興味があった。

「私自身がストレスに弱いんですよね。体にもメンタルにもわりあいすぐに影響が出てしまうほうで」

この関心から出発して、人のストレスにさまざまな切り口から迫る今回の研究プロジェクトを発案したんです、と後藤先生は話す。
しかし研究者として後藤先生が対象としてきたのは、発生学や遺伝学など生物学の基礎研究でよく使われるショウジョウバエ。人間のストレスを論じるにはいささか縁遠い生物に見える。

「そこで、人の心を研究対象としている『心理学』との融合研究を提案しました」

ハエやカエルなどを対象にした理学部の基礎的な生命科学研究と、人を丸ごと対象として心理を扱う心理学を組み合わせてストレスと免疫の関係に迫ろうという算段だ。後藤先生がこのプロジェクトで研究するのはハエがストレスを受けた時の免疫の状態。実はショウジョウバエは、多くの生物が生まれながらに持つ免疫機構「自然免疫」の分子機構が最初に明らかになった生物で、免疫についての研究が進んでいる。

研究対象はショウジョウバエ。共焦点顕微鏡によるハエの神経画像は見とれるほど美しい。

免疫の「ブレーキ役」を発見。 しかし、過剰なストレスがかかると?

「この研究を通じて、生命がどうやって恒常性を維持するのかという疑問に迫りたい」

免疫は生物が生き延びていくのに必要な反応だが、過剰に働くと自分自身を攻撃してしまう。では、何が免疫の働きを適度な範囲に収めているのか。2015年、後藤先生の研究チームは世界で初めて、糖鎖という物質が免疫のブレーキ役を果たしていることをハエを用いて突き止めた。その糖鎖という物質は病原菌に感染した時など免疫が働くべき時には減少し、ブレーキが解除される。

しかし、ハエは強いストレスを与えられると、何かに感染したわけではないのに免疫のブレーキが外れ、異常に活性化することがここ数年でわかってきた。

「免疫が活性化するということは体内で炎症が起きているということです。いま、私たちはこの炎症が神経にどういう異常をもたらすかを確かめようとしています。ヒトにストレスを与えて神経損傷の様子を見るわけにはいきませんが、ハエならば、実験を通じて顕微鏡で観察することが可能です。実際、今回の研究で神経の脱落がはっきりと見られました」

ストレスと炎症反応と神経損傷が一つの線で結ばれれば、人間の体内でも同じことが起きているかもしれないという仮説をもとに研究を展開することができる。

「心理学の研究現場において、神経損傷や神経新生の異常を伴う精神疾患、たとえばうつや自閉スペクトラム症、アルツハイマーなどの発症や悪化のメカニズムを探る時に、炎症反応を軸にして検証していくことができるのではないかと思っています」

腸内フローラや睡眠と、精神疾患の関係。 理学的な解明を目指します。

プレゼントされた切り絵とオリジナルデザインのマグカップ。ミッフィーもお気に入り。

ハエに限らず、人の精神疾患と腸内フローラ(細菌叢)との関係にも注目している。近年、腸内フローラの状況がメンタルにも影響を与えることが判明しつつある。ならば、自閉スペクトラム症の人の腸内細菌から発症や悪化のヒントが得られないか。

すでに外部機関と連携して自閉スペクトラム症の子どもとその親兄弟姉妹の便に含まれる腸内細菌叢を同定し、その影響を解析する準備が進んでいる。

「また、自閉スペクトラム症の人は睡眠障害を持つ傾向が強いこともわかっているので、睡眠との関連も外部機関と連携して調べようとしています」
「自閉スペクトラム症特有の腸内環境や睡眠パターンがわかれば、臨床心理士がクライアントに対し、食事や睡眠に関する助言を行なってストレス軽減を図り、それによって症状悪化を防ぐといった介入の方法が見えてくる。そんな期待も持っています」

唾液や便からも調べられるようにし、 精神疾患の判断材料を増やしたい。

ハエのストレスを皮切りに、人の腸内細菌、睡眠と精神疾患……。後藤先生がこのプロジェクトでやりたいことは次から次へと出てくるが、まだもう一つ、目標があるという。

「いまは、うつにせよ自閉スペクトラム症にせよ、精神疾患かどうかは面接や観察、テストによって判断されています。もしストレスや腸内環境、睡眠などに関わるホルモンや炎症といった生体内の反応も指標として使えるようになれば、判断の材料が増えますよね。そうした新たなマーカー(指標)を作ることを目指しています」

発症しそうな人や発症した人を早期に見極めることができれば、発症前あるいは重症化する前にケアできる。生体マーカーの開発にはこれまで大きなブレークスルーは起きておらず、成果が待たれている。理学と心理学という一風変わった組み合わせなら、これまでにない解決が見つかるかもしれない。
ところでご自身のストレス解消法は? と尋ねられた後藤先生は、「睡眠ですね」と即答。科学的知見と矛盾がなくプロジェクトの研究テーマにも即した、きわめて研究者らしい回答だ。しかし数秒後、「あと、ギャグを飛ばすことです」ときっぱりと付け加えた。
たしかにこれまで、淀みなく研究の話を続けながらも、頼まれたわけでもないのにカメラに向かってポーズをとってみたり、質問にギャグで応えたり。つい、何か面白いことをやってやろうと思ってしまう性(さが)らしい。ギャグとストレスの関係に科学的に迫ってみたいと思い立つ日も来るだろうか。

プロフィール

Profile

後藤 聡

理学部生命理学科分子生物学系 教授

1993年東京大学大学院理学系研究科でショウジョウバエを用いた発生遺伝学の研究にて博士号(理学)を取得。国立精神・神経センター神経研究所流動研究員、国立遺伝学研究所系統生物研究センター助手、イギリスのMRC分子生物学研究所客員研究員を経て、2001年株式会社三菱化学生命科学研究所主任研究員(グループリーダー)に。以後、細胞生物学・糖鎖生物学に研究の主軸を移す。研究所解散後、慶應義塾大学医学部特別研究講師を経て2012年より現職。

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