乱歩×ハードロック=人間椅子
和嶋 慎治(人間椅子)
2023/01/24
トピックス
OVERVIEW
ハードロックバンド「人間椅子」は、バンド名を江戸川乱歩の小説に由来し、乱歩を愛するメンバーによって結成された。乱歩をはじめ、文学作品を題材に数多くの楽曲を発表し、日本屈指のハードロックバンドとして国内外で人気を集めている。今回、ギターとヴォーカルを担当する和嶋慎治さんにご来館いただき、和嶋さんならではの乱歩観、乱歩作品をロックと融合させる方法などについてお話を伺った。
マイノリティーな精神を描く乱歩
——— 人間椅子という、江戸川乱歩の小説に由来するバンドで30年以上、音楽活動を続けておられますが、乱歩のどのようなところに共鳴されたのでしょうか。
和嶋慎治(以下略) 僕らは青春時代がバブル期だったんですね。『新青年』界隈の作家は周期的にブームがあると思うんですが、江戸川乱歩は普通に文庫で全部あるような状態でした。
——— 同時代の作家よりも、乱歩やその周辺の作家に関心がおありだった。
ええ。当時の作家たちはマイノリティーを描かない印象で。だけど、乱歩さんの小説はマイノリティーな精神を描いてるんですよ。カウンターカルチャーというか、メインじゃない人の精神性から生まれる小説。だから、メインカルチャーを否定はしないけれど、そこに乗っかれない若い人たちは、常に江戸川乱歩を読み続けるようなイメージですよね。僕も鈴木(研一)君もそういう精神構造の持ち主だったので、『新青年』界隈の作家を読んでたんです。
——— バンド名が「人間椅子」になったのは、どのような流れだったんでしょうか。
バンド名って、基本的に英語なんですよ。僕らがバンドをやっていた頃は、日本語でバンド名を付ける人がほとんどいなくて。それが不思議だったし、横文字にすると他と同じになっちゃう。自分たちはマイノリティーの精神構造を打ち出したかったので、日本語のバンド名にしようと思ったんですね。それで考えたのが、自分たちが愛読していた探偵小説。もしかしたら、横溝正史になったかもしれないし、夢野久作になったかもしれない。でも、江戸川乱歩は、カウンターカルチャーなりにもポップな気がしたんです。誰でも知ってると思ったので。
——— ああ、なるほど。
その後、みんなが知っているわけではない、ということに気がつくんですけど(笑)。「人間椅子」が乱歩につながらない人も多いんです。でも、僕らは乱歩のタイトルを付けることがポップだと思った。それで鈴木君と二人で盛り上がりまして。
——— すんなりと「人間椅子」に決まったんですか。
考えるプロセスも愉しいから、わざと遠回りしたところもありました。いくつか候補を考えましたけど、やっぱり「人間椅子」がいちばんバンド名っぽいと思ったんです。説明的ではないし。しかも「人間」と「椅子」を合わせた乱歩の造語じゃないですか。今にして思えば「これしかない」と。
ブリティッシュ・ハードロックと乱歩のマッチング
——— 乱歩とバンドを掛け合わせていく根底には、もちろん読書体験としての乱歩があったと思いますが、より具体的には、どういったところが二つを結びつけたのでしょうか。
初期短編の主人公の典型的なパターンがありますよね。頭はいいんだけど、社会になじめない。でも、親の遺産があって金には困らない……言ってみれば、高等遊民のモラトリアム。で、僕らはバブル世代だったので、そんなに就職にガツガツしなくもいい数年間だったんですね。なので、乱歩の書く主人公と、バブルの空気になじめない鬱屈した青年の気持ちがリンクしたんです。
——— バンドのスタイルとしては、ブラック・サバスの影響が語られていますが、ブリティッシュ・ハードロックの系譜ですよね。音楽性の部分と乱歩はマッチングとしても……。
いいと思ったんですよ。まず前提として、ハードロックやヘヴィーメタルは、根底にキリスト教があるんですよね。だから単純に、海外のロックにあこがれてそれをやろうとしても、歌詞の面で行き詰まると思ったんですね。何かしらのスパイスというか、バックボーンがないと、あの音楽スタイルはただの借り物、スタイルだけで終わってしまう。
——— なるほど。
僕らがキリスト教の価値観で音楽を表現できるかと言ったら、子どもの頃から親しんでいるわけじゃないから、勉強したキリスト教のことを歌ってもリアリティーがないし、聞いている日本人に伝わるはずがない。のちに僕らも仏教系の要素を入れるんですが、まず見せ方として、まったく虚構ではあるけれども、日本の探偵小説的な世界をくっつけたらおもしろいと思ったのが出発ですね。バンド名を「人間椅子」にしたのも、その瞬間に乱歩的世界とわかるので、お借りしたんです。
——— 舞台を最初から虚構にしてしまおうという思惑があった。
ええ。あと、そういうロック系のグループは、楽曲のテーマを小説から持ってくることが結構あるんですよ。アイアン・メイデンの『モルグ街の殺人』とか、マウンテンの『悪の華』とか。
——— 文学性と音楽性を掛け合わせることで……
より深みが出る。世界観が二重にひろがるイメージがあったので、自分たちもやりたかったんです。それを日本の作家から持ってくるのが日本人らしいかな、と。それで、江戸川乱歩。乱歩はポップでもあり、カウンターカルチャーの香りがするので、純文学ではなく乱歩のほうがロックだと思ったんです。
乱歩作品を楽曲にする方法
——— ハードロックやヘヴィーメタルと括られるジャンルの音楽を、日本語のオリジナルとしてつくるのは大変な作業だと思うんです。
『新青年』(2019年)というアルバムをつくったときは、乱歩さんの小説のタイトルでいっぱい曲をつくろうと思ったんですね。たとえば「鏡地獄」。鏡に光が反射して実体がいろいろ変わる感じをコードでどう表現しようかと、イメージ先行で作曲しました。歌詞を書くにあたっては、当然小説の粗筋みたいな詩になっちゃダメなわけです。その小説を読んだほうが絶対にいいので。小説をモチーフに曲をつくる場合は、その舞台を借りて、小説が伝えたかったであろうことを解釈しながら、自分の意見もそこに入れる。大体そんな感じで歌詞を書くんです。作者さんには、非常に失礼なことかもしれませんが……。
——— いえ、そんなことはないと思うんです。ある作品がどう受容されて、別の表現につながっていくか、というところではないでしょうか。
変奏曲みたいになれれば、いいですよね。その原作の。
——— さまざまな作家の、さまざまな作品を題材にされていますが、乱歩と他の作家は分けて考えるのでしょうか。
分けて考えてますね。乱歩さんや他の探偵作家の原作を曲にするときは、あまり純文学っぽくならないようにしてます。
——— それは、歌詞として言葉を選ぶときに。
ええ。わかりやすい言葉でいえば、ヒューマニズムのありなし。江戸川乱歩のタイトルで、ヒューマニズムを入れると、乱歩さんの世界を壊してしまいます。むしろ、わかってるけどできない人の小説じゃないですか。だから、乱歩さんの小説を借りて曲を書くときは、人の道を踏み外してしまう部分を書くようにしてます。でも、その先を書くと、自分はつらいんですよ、実は。救いがないので。
——— 和嶋さんご自身の感覚として。
はい。人を外れた道に邁進しようするものは、自分には書けない。だから、そうならざるを得ない心境までに留めておく。あるいは「それは洒落なんだよ」っていう風に書きたいし、そう書いてます。僕は、初期作品の人物の背景が好きなんですね。なぜ、この人は犯罪に向かってしまうのか。で、最終的には破綻が訪れるパターン。その、破滅が訪れる主人公の気持ちを自分は書きますね。犯罪そのものはちょっと書けないんです。
困ったときの江戸川乱歩
——— 2022年のワンマンツアーが「闇に蠢く」というタイトルでした。これは『新青年』以降の、乱歩への回帰という方向性から名づけられたのでしょうか。
あ、ついね(笑)。これは改めて感謝を込めて言いたいんですが、困ったときの江戸川乱歩という感じで(笑)。それを30年以上やらせていただいてます。今までもツアータイトルはかなり使わせていただいてますから(笑)。
——— ベストアルバムも乱歩のタイトルになることが多いですね。
そうですね。だいたい『人間椅子傑作選』ってやってるんですけど。
——— 新潮文庫の(笑)。
つい借りちゃうんです(笑)。
——— アルバムタイトルで言えば、『新青年』を経て、2021年には『苦楽』をリリースされました。これは、乱歩の小説「人間椅子」の初出誌『苦楽』が意識されていますよね。
『新青年』の次のアルバムで、対になればいいと思ったんです。『新青年』が表だとすれば『苦楽』が裏というか。乱歩さんも『苦楽』でけっこう書いていますし。
——— まさに「闇に蠢く」も『苦楽』ですね。
あ、そうか(笑)。そもそも「苦楽」って言葉がいいなと思ったのと、時代が混迷の状態に入りだしたことも大きいですね。単純に怖いことを歌ったり、愛を歌ったりしてもいいんですが、どこか嘘くさく感じるわけです。現実の恐怖が虚構を完全に超えちゃってるので、敵わないんですよね。書きようがない。その中で自分なりに現実をどう捉えるか、批判的にならないように、政治的にならないように書かざるを得ない。今の時代でどう生きるのかを音楽で表現していくしかないかな、と。
——— その点、音楽はより抽象度が高い表現だと思うんですね。説明的ではなく。
あ、そうですね。音楽はそういう面ではいい表現形式。散文でやるのは大変でしょうね。どうしてもポロッと出ちゃうでしょう、その人の何かが。
——— 時代を描きながら、乱歩的な世界の上に新しい趣向を掛け合わせていく。『新青年』『苦楽』と来ましたから、いつか『宝石』というアルバムも期待したいですね。
そうですね。そのときは必ずご挨拶に伺います(笑)。
旧江戸川乱歩邸応接間/2022年10月26日
写真撮影:末永望夢(立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター)
聞き手・文:後藤隆基(立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター助教)
※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合があります。
※本インタビューのフルバージョンを、大衆文化研究センター発行の『大衆文化』第28号(2023年3月刊行予定)に掲載予定です。
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